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経営者のためのマインドフルネス①― 定義・注目される理由・中小企業経営者にもたらす効果とは
「判断に迷う場面が増えているが、立ち止まる時間がない」
「重要な意思決定の際に、本当にこの判断で良いのか不安になる」
「社員の課題に向き合いたいが、自分自身のストレスで余裕がない」
こうした悩みを抱える経営者が増える中、注目を集めているのが「マインドフルネス」です。GoogleやAppleなどのグローバル企業でも導入され、イギリスでは医療現場でも活用されています。
そこで今回、中小企業経営者の皆様向けに、マインドフルネスについて浄土宗光琳寺 住職・井上広法さんにお話を伺いました。
井上さんは創建600年の光琳寺の住職をつとめ、2016年にはマインドフルネスを基盤としたベンチャー企業を設立し、ANA・メルカリ・JTなどの企業でマインドフルネスを伝えています。
第1回目は、マインドフルネスの定義・いま注目されている理由・中小企業経営者にとっての効果について紹介します。
忙しすぎる現代だからこそ、「立ち止まって見つめる」習慣が大切
岩﨑:マインドフルネスが注目されているのはどんな理由でしょうか。
井上:昨今、ビジネスシーンにおいてマインドフルネスが注目されているのは「立ち止まる時間が少なすぎるから」。
現代社会では膨大な情報を同時に処理しなければなりません。大企業や外資系企業であれば役割や責任が分担されているケースが多いですが、中小企業の場合は1人で複数の役割を担うことがほとんどです。
特に経営者の場合は人事・会計・お客様との交渉など、やるべきことが多岐に渡りますよね。立ち止まる時間がないんです。その状況で意思決定するのは、とてもリスキーなことだと思っています。
岩﨑:マインドフルネスの定義を教えていただけますか?
井上:マインドフルネスの語源は「正念」という言葉で、ルーツは仏教にあります。これが英訳されてマインドフルネスになったのですが、日本語の「正」「念」の文字の中に、マインドフルネスのエッセンスが含まれています。
「正」を分解すると「ー」と「止」。「念」を分解すると「今」と「心」になります。
つまり、一歩立ち止まって今の心を見つめることがマインドフルネスの本質です。
これを実践することで自己認識が高まり、自分自身がいまどんな状況にいるのか、どんな心理状態なのかを、自分自身でモニタリングできるようになります。
そしてこのプロセスを通じて、自己受容ができるようになります。自分の状況・心理状態を理解し、そんな自分を今どのように自分自身が受け入れて、次のアクションを起こすべきかを考えられるようになるのです。
マインドフルネスは自分自身の「あり方」を見直す方法であり、自分は何をしたいのか、どうありたいのかを内省するための手段です。これはパソコンでいうところの「OSの変更」に似ています。アプリケーションの変更は「やり方」の変更ですが、OSの変更は「あり方」の変更ですよね。あり方を抜本的に変えようというのが、マインドフルネスの出発点です。
そのためか、マインドフルネスを取り入れると、ストレス低減・リーダーシップの発揮・イノベーションの誘発・集中力の強化など様々な効果が出てきて、すごく胡散臭く見られたりするんです。「こんなにたくさんの効果があるのか」って(笑)。でもそれは「自分のあり方」という根本が変わったからであって、そこから派生して色々な現象が起きて、広範囲に効果が出ているように見えるのだと思います。
岩﨑:現代社会において、マインドフルネスが重要なのはどんな理由でしょうか?
井上:昔と違って、現代は「課題不足の社会」「課題が見えにくい社会」です。たとえば、貧困でご飯も食べられない、電気が通っていないなどの課題であれば、福祉を充実させるとかインフラを整えるとか、解決策もすぐに見つかるし解決もしやすいですよね。
でも、現代社会は「課題が見えにくい社会」なので、何をするのが最適解なのか、取り組んでも課題が解決するのかが見えづらい。会社が業務拡大したとしても、必ずしも幸せな状態にならなかったり、社員のエンゲージメントに繋がらない場合も多々あります。
課題を見つける意味でも、立ち止まって自分自身を見つめることが大切だと思います。
岩﨑:課題を見つけることと、自分を見つめることはどう関係していますか?
井上:課題というと一見、「外」にあるものと思いがちですが、実際は自分自身の「中」にあるものでないと、深く考えたり自分事として捉えるのは難しいですよね。
つまり、自分自身の課題が見えていない=何をすべきか分からない状態なので、課題解決に向けた実行案が作れないんです。ですので、自分は何をしたいのか、どんな立ち位置にいるのかを、ひとりひとりが自身を見つめることが重要です。
昨今はミッション・ビジョン・バリュー・パーパスなどを掲げる企業が増えてきましたが、個人でもミッション・ビジョン・バリューを考えるとよいのではないでしょうか。
マインドフルネスは、感情コントロールとリーダーシップに有効
岩﨑:中小企業の経営者がよく抱える課題、たとえばストレス、意思決定、社員とのコミュニケーションに対して、マインドフルネスはどのように役立ちますか?
井上:まずは感情抑制ですね。マインドフルネスがビジネスにもたらす影響として、『ハーバードビジネスレビュー』という学術雑誌で、「自分の感情抑制による適切なリーダーシップの発揮」という記事が紹介されていました。
リーダーとしての感情抑制、感情コントロールには、マインドフルネスはとても有効です。目に見えるぐらいの効果があると思いますよ。
岩﨑:一番の効果が出るのは感情抑制でしょうか?
井上:リーダーの役割を持つ人であれば、感情抑制の効果が際立ってくると思います。これは私自身の考えですが、リーダーシップは誰に発揮すべきかというと、まずリード・ザ・セルフ、つまり自分自身に発揮すべきなんです。次に自分の側にいるリード・ザ・ピープル、最後に社会全体のソサエティ、の順番です。
なので、リーダーシップを発揮するためには、他者に対する影響力の前に、まず自分自身に対する影響力をマネジメントする必要があると思います。
ストレス低減に関しては明確なエビデンスがあります。マインドフルネスが世の中に認知されたのは、病院の現場で鬱や不安障害の人たちに対して8週間マインドフルネスのプログラムを提供したことがきっかけです。
その現場では、抗うつ薬や抗不安薬を投与した患者群と、マインドフルネスを実践した患者群に分けてデータを取った結果、どちらの患者群もほとんど同じ治療効果がありました。
そして、8週間のプログラム終了後、薬を投与されていた患者群は薬をやめ、マインドフルネスの患者群もプログラムを終了しました。
半年後どうなっていたか。薬を投与されていた患者群は症状が元に戻ってしまいましたが、マインドフルネスの患者群は戻らなかったんです。マインドフルネスの治療は「自身のあり方」にアプローチしていたので、鬱や不安障害に持続的効果があることが明らかになりました。
日本では導入されてはいませんが、イギリスでは精神科のクリニックで鬱病の治療をする際、マインドフルネスの治療は保険適用内になっています。
岩﨑:そうなんですか、すごいですね。
井上:イギリスは、マインドフルネスはれっきとした鬱の治療法だと認めているんですね。企業でマインドフルネスを導入しているケースも多いです。
コミュニケーションに関しても効果があります。コミュニケーションにおいては、よく「傾聴力」が大事と言われますが、傾聴よりもさらに深い聞き方をできる「マインドフルリスニング」という方法があるんです。
岩﨑:へえー、その方法聞いてみたいです。
井上:傾聴は、相手の話に耳を傾け、受容したり共感しますよね。つまりこの時点で思考しているんです。相手の話を聞いている反面、脳の1割ぐらいをリアクションのために使ってしまっています。マインドフルリスニングは、脳のすべてを“聞くこと”に集中させる方法です。
岩﨑:それはすごい方法ですね。
井上:やってみますか?
岩﨑:やってみたいです。
(次回は、マインドフルリスニングの方法、マインドフルネスの導入事例を紹介します)
お話を聞いた方:井上広法さん(Kobo Inoue)
浄土宗光琳寺 住職
宇都宮共和大学非常勤講師/株式会社TANEBI 取締役
創建600年の光琳寺を拠点に、「ともにいきぬく」をミッションに掲げ、ひとづくり、緑づくり、まちづくりを目指している。2016年には、マインドフルネスを基盤としたベンチャー企業を設立。ビジネスパーソン向けプログラム「cocokuri」をスタートアップし、ANA、メルカリ、JTなどの企業でマインドフルネスを伝えている。